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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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「不連続の連続」


梶川泰司さんの昨日のメッセージ、
読んですぐ映像化されてカッコいいなと思いました。
こういう時は何も書かないほうがいいので書きません。

不連続の連続

縄のような不連続の螺旋軌道で編まれ、
捻れても互いにもつれない無意識は
途切れた偶然性と必然性を交互に織りなしていく。
不連続を連続させる装置である。

製縄機
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「理解という働き」


梶川泰司さんのメッセージです。

理解という働き

理解は秩序を探し求める行為に生まれる。
宇宙には理解という働きが存在するということを
自発的に理解しようとすることが偉大な秩序の一部である。
秩序は外部からではなく
増加する経験毎の完全な相互関係から発見される。

SYNERGETICS 1975 ベクトル平衡体とテンセグリティ RBF
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今日もまた同じことを書きます。

ボームによると、
数学は理解するとか学ぶという意味で、本質的にはアート。

アートの元来の意味は適合させること。

科学の本来の意味は知るということ。

美は「あらゆる意味での適合」の意味。

科学、数学、芸術は本来同じもので元々は分割されていなかった。

これらは”一つの人間的衝動から生じている”とボームは語っています。

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最後にボームが心臓発作で亡くなる
2ヶ月前のインタビューを再掲掲しておきます。


ボームの内に秘めたる秩序

ジョン・ホーガン「科学の終焉」よりの引用です。

秩序とか構造といったような基本的な概念が、知らず知らずのうちに私たちの思考を縛りつけてしまっている。新しい種類の理論には、新しい種類の秩序が必要になってくる」。「基本的な概念は依然として同じもの、つまり、座標によって記述される機械論的な秩序なのだ」とボームは言った。

現代の物理学者は、自然の力が現実の本質だと思っている、と彼は指摘した。「しかし、なぜ自然の力があるのか?自然の力は、それがわかってこそ、本質と言えるのだ。原子は究極の本質ではなかった。それならば、なぜ力が本質でなければならないのか?」。彼はドライな感じでちょっと笑った。「同じように、これが終わりだとするあなたの考え方が、更に深く物を見る障壁になってしまうんだ」。

現代の物理学者の最終理論についての信念は、単なる自己達成的なものでしかない、とボームは言う。「もし、あなたが魚を水槽に入れて、その中にガラスの障壁をおいたら、魚は障壁に近づかないようになるだろう。そして、ガラスの障壁を取り出しても、魚は依然としてその障壁のあった場所を避けていて、世界全体がそういうものだと思ってしまうだろう」。

彼は、これからの科学者は、現実をモデル化する際に、数学にはあまり頼らないで、隠喩と類比の新しいよりどころを探るようになるだろうという観測を示した。

他の多くの科学的な夢追い人のように、ボームも、科学と芸術が融合するだろうと期待していた。「芸術と科学の区別は一時的なものだ」と彼は考えていた。「こんな区分は過去にはなかったし、未来も続くという保証はない」。「今までと違うように理解し、考える能力のほうが、知識よりもずっと大切なものだ」とボームは説明した。科学がもっと芸術的なものになって欲しいとするボームの希望には、ハッと思わせるものがあった。大方の物理学者は、皮肉にも、芸術的な見地からボームのパイロット波解釈に異議を唱えていた。美しくないから正しくないに違いない、と言うのだ。

知られているものには、すべて、おのずから限界がある。その限界とは、量的なものではなく、質的な意味における限界だ。理論というものは質的なものであって、量的なものではない。だから、限界がないといっても差し支えない。・・・」

ボームは1986年に亡くなった、インドの神秘主義者クリシュナムルティの友人でもあり、弟子でもあった。クリシュナムルティ自身は、悟りに達したのだろうか?と訊くと、「ある意味ではそうだ」とボームは答えた。「彼の基本は、思考を推し進めて、その最後まで完全に会得することだった。そこで、思考が異なる種類の意識に浄化するのだ」。もちろん、誰も本当に自分の心を測り知ることはできないだろうと、ボームは言った。

僕は、最後に、ボームと彼の奥さんにさよならを言って別れた。家の外は小雨がぱらついていた。僕は、町の通りを歩きながら、ふとボームの家を振り返った。そこには、質素な白い塗料を塗った小さな家々の町並みの中に、一軒の質素な、やはり白いボームの家があった。ボームは、それから2ヵ月後、心臓発作で他界した。




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「原始シンメトリー感覚」


梶川泰司さんの昨日のメッセージです。

5回対称性の原始シンメトリー

正20面体の対称性のある最密充填のシナジェティクスモデル(右)では中心の球の半径は、周囲の12個の球の半径よりも小さい。

この5回対称性は紀元前3500年ごろの青銅器時代よりも2500年以上も先行する海の民による最古の最密充填モデル(towie stone)で認識されていた。

これは兵器でも装飾でもない、
純粋な幾何学的思考の軌跡にちがいない。

原始シンメトリー感覚は数学と科学を通底する「構造とパターン」の前駆体である。

SYNERGETICS RBF
5回対称性のある最密充填のシナジェティクスモデル
5f1603.jpg


「純粋な幾何学的思考の軌跡にちがいない。」にドキッとしました。

「最密充填」って球と球の隙間が気になる。
情報がぎっしり詰まっているんだろうなと想像する。

以前も書いたことだけど、
縄文土器の(文様の意味)時もそうだったけれど
新しい発見がある時、人は今の自分の思考の範囲であれこれ意味づけする。
やれ、炎の文様だとか、水の文様だとか当てはめようとする。

そんな時、作者が時空を超えて現れて
「そんなんじゃないよ。君たちの推理はみんな間違っている。
ただの遊びだよ。」とか言ったら面白い。

バッキーボールに見えたり、テンセグリティにみえたりする
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-18485.html

『最古の最密充填モデル』
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-18488.html

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『最古の最密充填モデル』


きょうは梶川泰司さんのメッセージを
フランス人と中国人にみせました。

最古の最密充填モデル(towie stone)

スコットランドで出土した約7千年前のtowie stone(最密充填モデル)から注目すべきは正20面体の対称性をすでに概念化した思考方法にある。

それは顕微鏡がなければ自然界では発見できない方法だ。

観察から発見していないならば古代ギリシアのプラトン派のモデル言語に圧倒的に先行している。

towie stone
imagetowie stone
https://www.atlasobscura.com/articles/what-are-scotlands-carved-balls




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テンセグリティだ!


凄い、テンセグリティだ!

ムクドリの大群が巨大な鳥を生み出す
http://www.dailymail.co.uk/news/article-5226483/Murmuration-starlings-took-form-giant-BIRD.html

スペイン、コスタ・ブラバで写真家のダニエル・ビーバー氏によって撮影されたもの
4日間にわたって数千もの鳥を観察して撮られた写真です。

ムクドリの大群の動画はこちらにアップしてあります。
「各部分の動きは全体が決めている。」

2010.06.24 これは凄い!!1
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-16647.html

>『ムクドリたちが群れを崩さず飛んでいる様子を見ていると、こんな考えが浮かんでくる――あの群れは、実際には全体で1つの存在であり、通常の生物学の常識を超えた何らかの法則によって支配されているのではないだろうか、と。

2010年当時はボームの全体運動だと書きましたが
いまならテンセグリティを先に書きます。



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