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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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資料(本物の天皇は琉球人だった)


沖縄に対する日本政府の異常さをみていれば
異常な行動の理由はアッと驚くことでしょうね、

本物黒酒

海人も大和人も天皇が米国に沖縄の永続的占領を懇願した私利私欲とは何か、明治以降薩摩藩が封印した歴史を学術的に遡らなければなりません。 なぜなら江戸時代までは日本が、現代では中国が尊重する人類史において本物の天皇は琉球人だったからです@ihayoichi @GeorgeBowWow

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天皇が米軍基地建設と称して沖縄の遺構や文化を破壊し、中国と仲良くさせない理由は、生きている天皇など日本の伝統に無いばかりか、漢風諡号を辿れば天皇は琉球の海人だったことがバレるからです‼@ihayoichi @GeorgeBowWow




| 歴史・古代史 | 22:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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加計学園から「金屋子神」へとつながる道


きょうは加計学園を書いてみます。



明恵夫人が直接関与した森友学園。
安倍首相が直接関与した加計学園。

14日の琉球新報19面の記事よりまとめてみました。

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IMG_5531.jpg

加計学園は岡山理科大をはじめ5大学、6専門学校、小、中、高、幼稚園、保育園を持ち、2万人以上の学生を抱える。

加計孝太郎理事長は安倍首相の米国留学以来、30年来の「腹心の友」。

加計氏の姉が理事長を務める順正学園が、淡路島に「吉備国際大学南あわじ志知キャンパス」を開設したときに、広さ約5.5ヘクタール、建物と合わせた不動産評価額約30億円のうちの土地が無償で貸与され、市の補助金13億3300万円を手に入れた。

岡山理科大が愛媛県今治市「いこいの丘」で進行中の獣医学部の建設用地は16.8ヘクタール。不動産評価額36億7500万円。

その広大な土地を今治市は無償で譲渡。それだけでなく県と市であわせて96億円の補助金を支払うことを決めた。工事を担当する業者(SID創研)は加計学園グループ企業で加計氏の親族が役員。

獣医学部ですが、文科省は獣医系学部・学科の入学定員を質の確保を理由に制限し、日本獣医師学会も定員を堅持すべきと今治市の誘致に反対していた。

文科省から断られること15回。流れが変わったのは第二次安倍内閣の15年12月に国家戦略特区諮問会議で今治市を全国10番目の特区に指定してから。

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以上。

今治市を特区にする時点ですでに首相の関与があったんじゃないだろうか。

安倍首相は加計孝太郎氏の紹介で籠池氏と知り合ったとのではないかとも噂されています。

1ヘクタール=1万平方メートル。
100メートル四方の土地。
競泳用プール8個分の面積。
東京ドームの敷地は4.7ヘクタール。

「吉備国際大学南あわじ志知キャンパス」は東京ドームより広い。
これを無償で、しかも補助金13億3300万円まで手に入れた。

今治市「いこいの丘」で進行中の獣医学部は東京ドーム4個分に欠ける広さ。
これを無償で、しかも補助金96億円まで手に入れた。

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加計ってちょっと変わった名前ですね。
加計は加計町が由来のようです。

広島県山県郡に存在した町「加計町」(ウィキ

『穴(あな)
加計(かけ)…一部地区(安中・勝草)が安芸太田町移行後観音として独立。
下筒賀(しもつつが)
下殿河内(しもとのごうち)
津浪(つなみ)
坪野(つぼの)



吉水園の歴史
http://yoshimizuen.com/history.html
吉水園は江戸時代半ばの天明元年(1781)の春、加計隅屋16代当主の佐々木八右衛門正任が、この辺りの景観と地形に着目し、山荘として建設を思い立ったものです。(現在、加計隅屋24代当主の加計正弘氏所有)古記録によって建設の概要をみると、まず庭園拵えは同年9月17日から40日間を費やし、ついで翌天明2年8月には園池を前に入母屋造茅葺の吉水亭が落成しました。同年12月には、たたらの神様金屋子社も建立。隅屋は江戸期を通じて中国地方でも最大手のたたら鉄山師であり、その繁栄祈願のため出雲国比田から勧請しました。今上の段に琴平社、稲荷社とともに一宇に覆われています。なお金屋子神社境内には加計隅屋500年祭の碑があります。・・・』

まさかのたたらの金屋子神だ。

金屋子神は何度か記事にしましたが代表的なのがこれ。

穴と鉄から「金屋子神」へ、そしてとんでもないことに
http://cocorofeel.exblog.jp/11897736/

上の記事中でも紹介していますが、

金屋子神は火を扱う製鉄・鍛冶・鋳物などに従事する人びとが守護神として祀っている神で高天原から播磨国志相郡岩鍋(兵庫県宍粟郡千種町岩野辺)の地に天降って、鍋、釜など鉄器鋳造の技術を教え、さらに「吾は西方を主る神なれば西方に赴かば良き宮居あらん」と白鷺に乗って出雲国能義郡比田村黒田の奥にあった桂の樹の枝に飛来した・・・
とあるんですが、天降りとは渡来人の意味です。

上の「加計町」のウィキに穴(あな)が出てきますが、
私のブログとそのまんまですね。

穴は安那(あな)、安羅(あら)、安耶(あや)と通じます。
半島のその地からやってきた人たち。

「金屋子神」の珍しい禁忌がまた気になってくる。

金屋子神は人間の女を嫌い、月の穢れ、産の穢れを忌み、犬・蔦・麻も忌む。

その理由は吉備の中山に天降ったときに四つ目の犬が吠えかかったので
蔦につかまって逃げようとしたら、蔦が切れて犬に咬まれて死んだ。
また逃げようとした拍子に麻苧(あさお)に絡まって倒れ、死んだというのが理由。


| 歴史・古代史 | 15:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「ハナ」は韓国語の「ひとつ」




だいぶ前に凄いものをみつけたと書きましたが、
きょうはそれについて少し書きます。
凄いといっても私だけかも知れませんが。

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韓ドラの場面で数字を数えるシーンがあって
そのとき「ハナ」の言葉が耳に飛び込んできた。

ハナ?

え?ハナ?

数字の1を韓国語では「ハナ」と呼ぶの?

伝言のハナってもしかして1のことなの?

「ハナ」は伝言に頻繁に出てくる言葉で
意味不明なことがよくあったのでずっと気になっていたから
早速検索してみよう。

やっぱり間違いない。

「ハナ」だ。

하나 : ひとつ
http://www.kpedia.jp/w/3275

読み方:하나、ha-na、ハナ
意味:ひとつ


「ハナ」とは「ひとつ」の意味だった。

日本語の「最初から」を意味する言葉
「ハナから」の起源は韓国語の「ハナ」
だという説があるそうだけど
直感でこの説を支持します。

韓国語の「ハナニム」は日本語の「神様」ですって!

伝言の「ハナ」を
「ひとつ」とか「最初から」と置き換えて読むなら
伝言の読み方ががらっと違ってくる。

わたしへのプレゼントだ。

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我楽多頓陳館さんのHPがとても参考になるので引用させてもらいます。
(凄く面白くて多くの方に読んでもらいたいので、たくさん引用させて
いたくことになるので管理人さんから了解をとっています。)

日本語の起源 ○韓国語と日本語−3(我楽多頓陳館)
http://www.snap-tck.com/room04/c01/nihon/nihon03.html
>韓国語の発音と日本語の発音が古代では非常によく似ていて、それが時代とともに次第に音韻変化していった様子は、色々な言葉から確かめることができます。 例えば中国語から取り入れた漢数字の読み方を両方の言語で比べますと、その音韻変化の様子から、これらの言葉が古代中国語から古代朝鮮語を経て古代日本語に取り入れられたということを、何となく実感することができます。

古代日本語は古代朝鮮語からなので、似ているのは当然でしょうjね。

>また韓国と日本には、漢数字以外にそれぞれ独自の数え方もあります。 韓国語の「ハナ」は「ハナから(最初から)」という日本語の語源であるという説があり、これは大いに有り得ることだと思います。 外国語の単語の中で、数の数え方は最初に覚える言葉の1つだからです。

わたしもそう思います。

「ハナから」に「から(加羅・韓)」まで入っている。

>例えばこれと似た言葉に「ピンからキリまで」という言葉があります。 これは、ポルトガル語でカルタの1を表す「pinta」が「ピン」となり、十字架つまり10を表す「cruz」が「キリ」となったものです。

十字架と言えばキリスト。
偶然にも10にキリストのキリが。

>また日本独自の数え方も、実は独自ではなく、古代の高句麗の方言が元になっているという説もあります。 古代の高句麗では3は「ミ(mi)」、7は「ナナ(nana)」、10は「ト(to)」と発音したのです。

そのまんまですね。

古代の高句麗で1を「hi(ひ)」と呼ぶなら
伝言の「ハナ」はまた別の意味でもとれる。

中国語では三をサン、四をシィと呼ぶんですね。
中国も日本の成り立ちに関わっているので当然でしょうね。
(天武天皇からだと推測)

>3才くらいまでの赤ちゃんのことを、日本語で「嬰児(ミドリゴ)」といいます。 これは、古代でははっきりと3才までの子供のことでした。 古代韓国語で周年のことを「ドル」と言い、子供が3才になったことを高句麗弁で「ミドル」と言いました。 これが嬰児の語源と思われるのです。

面白い。

七五三、三も閉じ込められた神が動くシリーズで何度も記事にしてきました。
は今でも継続中。

偶然なのか、中間という意味の英語のミドルが。

>ちなみに「赤ちゃん」の語源は、一般に言われている「生まれたばかりの子供の体が赤っぽいことに由来する」のではなく、韓国語の「アガ(赤ちゃん)」からきているという説の方が納得できます。 生まれたばかりの赤ん坊は新生児黄疸症状が出やすいですから、泣き叫んでいる時は赤ら顔になりますが、静かにしている時はむしろ黄色っぽいのです。

赤いより韓国語の「アガ(赤ちゃん)」に賛成!

沖縄では痛い時に思わず出る言葉「あがー」!
在来種の豚は「アグー」。
ますます面白くなってきた。

朝鮮半島からの渡来人は琉球諸島にも来ているから
「あがー」「アグー」も由来は半島かも知れない。

石渡信一郎さんの研究によると
沖縄独特と思っていた地名も朝鮮半島からの由来みたいだし。

>赤ちゃんに関する言葉には、古代朝鮮語が語源と思える言葉が沢山あります。 例えば乳房を意味する幼児語「おっぱい」の「パイ」は、古代朝鮮語で「吸うもの」という意味です。 赤ちゃんにとって母親の乳房は”吸うもの”ですから、「おっぱい」とか「パイパイ」とか呼んだというのは確かに納得できます。 また「乳」も韓国語の「チョッ(乳)」が語源だと思われますし、「おんぶ」は韓国語の「オブバ(おんぶ)」が語源だと思われます。 それから母親が赤ちゃんを叱る時の言葉に、「メッ!」または「メンメッ!」というものがあります。 この「メ」は韓国語で「鞭(ムチ)」のことであり、「メンメ」はその幼児語なのです。 韓国の母親は、子供を叱る時に昔から「メンメでぶつよ!」と脅したそうです。 その言葉が日本にもそっくりそのまま残っているわけです。

わ~、面白い。

>その他にも韓国語で高いという意味の「ノップン」が「ノッポ」になったり、口の意味の「イプ」が「いぷ→いふ→言う」になり、耳の意味の「キ」が「聞く」になり、鼻の意味の「コ」が「嗅ぐ」になったりと、韓国語が語源と思われる言葉は非常に沢山あります。 また今まで解読不能だった万葉集の歌が古代朝鮮語で簡単に読めたり、意味のない言葉だと言われていた枕詞が、古代朝鮮語で読むと重要な意味を持っていたり、古代の土地や神の名前が古代朝鮮語に由来していたりと、様々な分野で古代朝鮮語との深い関係が解明されてきています。

万葉集と古代朝鮮語のつながりは私も知っています。
ちらっと記事にしたことも。
故郷の朝鮮半島を偲んで故郷に向けて歌ったのです。
(古墳も同じく)

神の言葉も朝鮮語由来だし、神社も朝鮮からだし。

神社は朝鮮半島から来たの? その1
http://cocorofeel.exblog.jp/9864122/

>日本の言語学者による従来の日本語と韓国語の比較研究では、両言語で同一起源と思われる単語は200程度しかなく、音韻の類似性も少ないため、両言語が同系の言語であることを裏付ける証拠は充分ではないとされていました。 しかしこれらの研究を行った学者の多くは、古い皇国史観にとらわれていたり、アジア蔑視の偏見を持っていたりして、韓国語や古代朝鮮語、さらにはアジア全域の言語に関する認識が不足しているように感じられます。 そのため、アジア全体を視野に入れてその中で幅広く日本語と韓国語の関係を研究するのではなく、2つの言語を単純に比較して、同じ意味で同じ系統の発音の単語だけを取り上げているきらいがあるように思います。

わたしもそう思います。

証拠が出てもお上から握り潰されるし、
お上の意向に沿わないと研究生活できないからです。

>しかし韓国語と日本語を比較している言語学者はまだマシな方で、日本の多くの国学者は、韓国語も古代朝鮮語も研究しようとせず、あくまでも日本語の中だけで語源を探し、無理なこじつけをしているのです。 また、日本の考古学者の間にも同じような傾向が見られます。 例えば飛鳥にある有名な謎の遺物「二面石」や「亀石」と同じような石像が、韓国の済州島では大昔から現代まで魔除けとして使われていたり、藤ノ木古墳から出土した馬具や王冠とほとんど同じ物が、随分以前に新羅の王の古墳から出土していたりするのにもかかわらず、それらの起源を日本国内だけに求めようとして謎の遺物扱いしたりしているのです。

>古代の日本文化が中国から直接的に受けた影響よりも、朝鮮半島を経由して間接的に受けた影響の方が多いだろうことは、地理的に見ても歴史的に見ても至極当然と思われます。 しかし古代における朝鮮半島と日本との深い関係を認めながら、古代中国が日本の文化に与えた影響は認めても、古代朝鮮が日本の文化に与えた強い影響は頑なに認めようとしない日本の研究者の態度は、僕には全くもって不可解です。 馬鹿げた偏見やわだかまりを捨て、日本の研究者と韓国の研究者が協力し合えば、韓国語と日本語の関係だけでなく韓国文化と日本文化の関係も必ずや解明されることと思います。 そう遠くない将来に、そのような共同研究が行われることを願ってやみません。


そうなれば最高だし、私も願っています。

だけど日本という国は
朝鮮半島からの渡来人が作ったとばれると困るから
お抱え学者にはお上の意向に従って研究・発表させる。
だから古墳も調査させません。
考古学的・歴史的発見があっても公開されるときは
お上の意向に沿った内容にゆがめられます。

追記3件

「万葉集と日本の夜明け」の著者半藤一利さんも
ハナからは韓国語のハナだと書かれていますね。

JUNKO

因みにハナからのハナは韓国語の1(いち)の意味。セーノーは3・4の意味。現代語はセーネーだが古くはセーノー。百済の故地全羅道ではセノヤと舟を漕ぐ。日本支配時の言葉と言う人もいるが、労働の掛け声は古くからのものだろう。日本語エンヤートットは「行けやーもっともっと」の意の古代韓国語。


数詞からニッポン人を考える
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-86.htm



| 歴史・古代史 | 13:49 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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イスラエルで発見された古代の十字架とメノラの彫刻



Ancient Cross and Menorah Carvings Found Side by Side
http://www.livescience.com/57371-ancient-carvings-of-menorah-and-cross.html

古代の十字架とメノラの彫刻が並んでいる。

数千年前に刻まれた十字架とメノラの彫刻が
イスラエル南部の洞窟で発見されました。

ユダヤ教とキリスト教に関連する2つの横並びのシンボルの発見は
古代では違う宗派でも平和に暮らしていたので
驚くことではないけれど、メノラの彫刻は珍しいようです。

(七で武装したメノラ)

七支刀の由来はメノラでしょう。
b0086362_1521059七支刀
メノラの原形は「descent-shamash」。
descent-shamash七支刀の原型?
「descent-shamash」の原型はプラズマ。

7は以前も書いたように生命が伸びゆく形だと思っています。
プラズマが作り出す形だから、当然ですね。

プラズマと考えれば、shamashが日神というのもうなづける。

過去記事を参考にしてね。

2015.02.15 七支刀の原型?
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-13686.html

2009.11.26 7は生命が伸びゆく形?
http://cocorofeel.exblog.jp/12392874/

2009.04.09 世界は大嘘だ!
http://cocorofeel.exblog.jp/10690422/


| 歴史・古代史 | 23:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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太平洋戦争は英国の一人芝居。


真珠湾攻撃を命じたのはもちろん昭和天皇しか居ませんが
米国はそれを知っていて重要な艦船は事前に移動させ、
ポンコツをわざと攻撃させたとか、攻撃はなかっただとか
他にも色々説がある。

確かにいえるのは、
昭和天皇は英国陸軍元帥。
日本は英国の傀儡国。
米国の所有者は英国王室ということです。

ということで
太平洋戦争は英国の一人芝居ということになる。

本物黒酒

1941年12月8日は真珠湾攻撃の日。
真珠湾攻撃を命じたのは、英国陸軍元帥だったことになる‼
昭和天皇は、イギリス国王書簡局発行『季刊 陸軍将校リスト 1941年10月号』に、イギリス正規軍の陸軍元帥として掲載されていた。http://digital.nls.uk/british-military-lists/pageturner.cfm?mode=gallery_grid&id=88819817&sn=5



オバマ大統領の広島訪問への返礼なのか
単なる目立ちたがり屋性分なのか
天皇になった気分なのか
行動の理由はまだ考察もしていないけれど
真珠湾を訪問する安倍首相に謝罪云々の話が出ていますが
仮に謝罪するとしたら相手は日本の国民でしょう。

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英国の傀儡国になった日本。

最初に目をつけられたのが琉球国。
今から200年前にバジル・ホールの英国艦隊が琉球国にやってきました。
今年がバジル・ホールの来琉200年にあたります。

IMG_1658.jpg
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その彼らを非常に警戒しながらも、驚くほど温かくもてなした琉球国。
クリフォード訪琉日記」で、世界中でも稀に見る沖縄の人たちの温かさ、
不思議さを改めて見せられました。
このもてなしは世界の謎かも知れません。

小さな島にいきなり艦隊が現れてさぞかしびっくりしたでしょう。

非常な用心さと、まれにみる温かさ、手厚いもてなしが同居してるんですよ。

これも沖縄でいうチャンプルー。
全てを受け入れ、独自の文化を作ってきた沖縄。

「クリフォード日記」、大のお勧めです。買ってください。
沖縄のことが大好きになりますよ。

土人の言葉とかけ離れた知的な国だということがよくわかります。

また先で書くつもりなので「クリフォード日記」から一枚だけ写真をアップします。
本に悪いのでわざとぼけた写真をアップします。

この男性は王子とあるけれど実際は違うようです。
IMG_5290.jpg
王宮にも行けず、王にも王子にも謁見できなかったようです。
島の女性も皆、隠した。
その様子を「クリフォード日記」で読んで笑ってしまいました。



| 歴史・古代史 | 13:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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