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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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勉強中(古墳と渡来人)


龍さんの「古墳時代後期の百済人大量渡来」よりまとめると

『前期百済系倭国が成立した342年から700年(701年の律令国家成立の前年)までが古墳時代。342年~490年の前期百済系倭国時代を古墳時代前期、491年(後期百済系倭国が成立した年)から700年までを古墳時代後期。百済から最も多くの住民が強制移住(徙民政策)させられた時期は、古墳時代後期(欽明時代)。

縄文時代の人口を約16万、弥生時代の人口を約60万、古墳時代の人口を約540万。弥生時代の渡来者数は約26万強、古墳時代の渡来者数は約270万弱と推計される。』

  縄文時代の人口 弥生時代の人口  古墳時代の人口

     約16万     約60万         約540万

渡来者数         約26万強       約270万弱


ここには縄文時代の渡来者数が書かれてないけれど
どれくらいの縄文人が渡来したでしょうね。

古墳を作るために驚くほどの数の人たちが
半島から強制的に移住させられてきました。

奴隷のような人もいたでしょう。
奴隷に落とされた貴族もいたでしょう。
第二次大戦中の満州開拓のような
うまい話しに乗せられて夢見ながら移住した人もいるでしょう。

782px-Tombs-in-Lew-Chew亀甲墓
ペリー『日本遠征記』に描かれた亀甲墓(ウィキより拝借)

国内に2十万基あると言われる古墳。
その中には渡来人が眠っている。
だけど沖縄には古墳がない。
土地が狭いのと古墳を作るに適した土が
なかったのではないだろうか。

沖縄といえば亀甲墓。
検索すると古いものではないみたい。
形が前方後円墳に似ている。
しかも亀といえば首露(崇神)。

沖縄のやり方で、朝鮮半島と中国を上手く融合したようにみえます。
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| 歴史/古代史 | 17:57 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

まゆみさんかどなたかが既に書いておられた気もするのですが、今日ノートを見ていたら、民俗学の本からの知識で、ソウリは焼畑のことで、「山に戻したところ」の意、と書いてありました。ソウルと語源同じなんでしょうね。このソウリという地名は日本に本当に沢山あるんですね。
ソウリに似た「サオリ」と言う言葉は、田植え前に作業の無事を祈る祝祭のことですが、サオリは陸稲の時からあった儀式のことでしょうか。焼畑も渡来人がもたらした技術だと思います。

常緑広葉樹林のことをソウレイって北安曇では呼ぶんだとか。伊那では元旦に部落みんなで一か所に集まってお酒を飲むことをソウレイ=総礼って言うそうです。全部拾い読み&聞きかじり。

| 森 | 2013/08/01 16:45 | URL | ≫ EDIT

Re: タイトルなし

森さん、たぶん、ソウルと同じだと思います。首里も同じく。柳宗理もソウリですね。総理大臣も?

| まゆみ | 2013/08/01 22:07 | URL |















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