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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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泉田・新潟知事、4選出馬を撤回


IMG_4949.jpg


これで柏崎刈羽原発の再稼働へGOサインが出たようなもの。官邸はしてやったりでしょう。今頃ほくそ笑んでる。基地と原発はホントそっくり。自民党の両翼。


泉田・新潟知事、4選出馬を撤回
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB30H6E_Q6A830C1000000/

泉田裕彦

秋の新潟県知事選挙から撤退します。→ http://bit.ly/2bO00lV
事実に反する新潟日報社の報道が続きました。再三の申し入れにもかかわらず、訂正や説明はいただけませんでした。このような環境では、十分に訴えを県民の皆様にお届けすることは難しいと考えています。


保坂展人

泉田・新潟知事、4選出馬を撤回 地元紙との対立理由に:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ8Z4RLXJ8ZUOHB008.html … メディアとの対立を理由に政治家が立候補を撤回するのは異例。県庁幹部は突然の撤退発表に「先週末まではやる気満々だったのに……」と驚いていた。
http://www.asahi.com/articles/ASJ8Z4RLXJ8ZUOHB008.html

県庁舎内での森長岡市長の知事選への立候補表明の際には、クラブの代表幹事社として、庁舎管理責任を有する県職員の同席を認めない上に録音も禁止する一方、その後、十分な情報無しで森市長立候補表明に対するコメントを求めると…(泉田後援会HP)http://www.h-izumida.jp/topics/20160830.html

東京電力・福島第一原発事故事故を教訓化せずに、原発再稼働はありえないと、東京電力を質してきた泉田新潟県知事の役割は大きい。社内マニュアルにメルトダウンの基準が記されながら気づかなかったと5年後に謝罪したことも記憶に新しい。一方で泉田知事に大変な圧力が加わってきたことも想像できる。


Jun Makino ‏

2014年の記事: http://blogos.com/article/96623/ 「再稼働の話をすると福島事故の検証が後回しになってしまう」泉田裕彦・新潟県知事が会見

引用:2007年の中越沖地震が起きた際、柏崎刈羽原発はホットラインのある部屋のドアが地震で歪んでしまい、県庁と柏崎刈羽原発が直接連絡することができなくなったという。

引用:この教訓から新潟県は「免震重要棟」の建設を提言。福島第一原発の免震重要棟が完成したのは東日本大震災のわずか8か月前だった。泉田知事はその経験を踏まえて次のように話した。

引用:「もしあのとき、新潟県が求めなければ、福島に免震重要棟はなかったし、いま東京に人が住めていたかどうかも疑わしい」

引用:「私自身は、2007年の中越地震のときに問題だったところを直したことが、結果として、日本のためになったと確信している。問題があるところに口をつぐむのは歴史に対する冒涜ではないか」






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