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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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日常で起きないことが何故ネットで起きるのだろうか。 その3 (この私という存在)

いくつか追記しました。



私の生き方は、やりたくないことをしないで生きる「消去法」の人生です。
その延長で時間をとるかお金をとるかで時間を選び、自営業で生きてきました。
時間をとったのだからお金に苦労するのは当たり前、
二つを手に入れようなんてそれは欲というもので、私には考えられないこと。
だからどんな時も苦労と思ったことはなく、苦労の言葉も一切使ったことはありません。
そして誰かに特に力がある人に頼ることは嫌いです、しません。

ただ人に恵まれた人生です。
こんなに人に恵まれる人間もいないのではないかと思うほどです。
しかも良い人ばかり(同時に個性的でもある)で、私には一番の宝物。

こんな恵まれた人生を送ってきたから、世の中には悪い人はいないんだと、
そう子供のように思ってきました。
ところがネットは違います。

内地では結構な数の人が知っていますが、私は子供の頃から
人がたくさん寄ってくるタイプで、よく吸い寄せられると言われます、
私は何処にも出かけないのにあちこちから人が集まってくるのです、
海外からもやってきます。

沖縄に越してくるときに知り合いに挨拶状を出したのですが、なんと5百通!
多いでしょ。自分でもびっくりです。
その後、減らして減らして、それでも2百通。
顔がみえないネットでも人が寄ってくるので不思議です。

鍼の先生からは、私には愛情とお金に飢えた人が集まってくると言われました。
そして人に与えてばかりで、自分で受け取ることをしないから
それができるようになるといい、お金を汚いと思うな、と言われたこともよくある。

人の厚意を受け取らないのは、自分に対してケチだと言われた。

そんな金無しの私にも一度バブル?がやってきて
一日60万円の売り上げがあったことがあります。
それまでは一ヶ月で60万円の売り上げもなかったからビックリでした。
一ヶ月18万とかも普通にありましたよ。(利益じゃないですよ。)
一ヶ月18万の売り上げでも目の前にお腹を空かした人がいれば、その人にあげてしまいます。
このやり方をお金以外のことに何にでもやってしまうのです。
過去生で王様だったのでしょう、気前がいいとこだけ残っているようです。

先を全く考えません。本当にその日暮らしのタイプ。
人生絶対なんとかなるという、ハチャメチャな絶対的な自信があります。
実際そうなってますが。

一日60万円でざっと一年で考えたら二億!
(当時、驚いたせいか間違って一億と思ってました。)
天地がヒックリ返るほど驚きました。
嬉しいなんて微塵もなく、すぐにこんなことをやっていてはいけない、
仕事を止めようと考えました。
変てこな人ですね、私という人間は。

すると翌日から売り上げが下り始め、それでも一日8万あるので
もっと下げようと思い、ショップの雰囲気を変えるために改装をし
商品を減らし絞り込みました。

こういう人です。

もちろん扱う商品も私が良いと思う個性的なものだけ。
他のショップで扱っているものは扱いません。
売れる、売れるだろう商品は一切扱ったことはありません。

商品を仕入れて売るだけで利益をとっていいのだろうかと
悩んだこともよくありました。それでカフェを作ったのです。


カフェはオーガニックベジタリアンカフェです。
自分が普段食べているものをそのまま提供していました。
最初作ったカフェはオープンキッチンだったので
特別注文があれば目の前で昆布から出汁をとり
一人分二人分のお味噌汁を作りました。

よく店と自宅が違う人がいますが、私は同じです。
そんな器用なことはできません。
生き方が不器用なんですよ。

利益だけを取るのは嫌だと思ったからこそ
ネットショップ「moon cafe」で扱うものをよく考え、
人のためになるもの、環境に良いものだけを扱おうと決めたのです。



そして場を共有する人たち全員に私なりの気を使います。
赤ちゃんがぐずると赤ちゃんの気持ちがわかるので、すぐ空気を入れ替えたり
音楽を変えたり、話しかけたりと赤ちゃんにあわせます。
するとすぐ泣き止みます。

外でも何処でも気を使います。
唯一気を使わない場所が一流ホテルです。

気を使うのも性分です。
たとえばこれが良い例でしょうか。

内地にいる頃にY君とお蕎麦屋さんで食事をしたときに
閉店時間近くになったので帰ろうかと立ち上がったら
男性客が入ってきておそばを注文しました。
それをみて私は座り直しました。
Y君はわけが分からずぽかんとしていました。
そして男性客が食べ終わるのをみて席を立ち外に出ました。

「私たちがあのまま帰ると男性は一人になってしまうでしょ、
そうなるとあの男性は落ち着いて食べれないから
それで食べ終わるまで待っていたんだよ。」

こうY君に言うと偉く驚いて
「まゆみさんの気遣いをあの男性は知らないでしょ?それでもいいの?」
「全然かまわない。知られないほうがかえっていいよ。気が楽。」
「まゆみさん、そんな生き方で辛くない?」
「だって空気を吸うようなものだから。」

昨日も歩いているときに
左の側道から車が出てきて私をみて止まりました。
だけど私は真っ直ぐ行かずに車の手前で左に曲がりました。
すると車が大通りに出たのですが、申し訳ないなと後悔しました
せっかく待ってくれているんだから、真っ直ぐ行けば良かったのです。

こういう人です、私は。

しかし、反面、鈍感なところも同じくらいあるので、
それで救われているようです。



利用については、この話が分かりやすいので書いてみましょう。

私の知り合いに有名な今井○○さんがいます。世界的に有名な人です。
私はこの今井さんを自分の利益、名声を得るために一度も利用したことがありません。
今井さんは色んな世界の有名人を私に逢いにこさせましたが
逢って話すくらいでそれ以上の関係を作らないできました。

ある日とうとう、今井先生が痺れを切らしたのか
良いモノを作っているところを紹介するからといわれ、
無理やり連れて行かれたときも最終的には話を断りました。

こういったことがどうしても嫌なんです。
この私の性分は持って生まれたものなので格別な理由はありません。

ただし、私が芸術的才能を伸ばしてやろうと思った人には
積極的に今井先生を紹介し、「私を利用しなさい」と当人に伝えました。
これが本来のあるべき利用法ではないでしょうか。
(*しかし、誰も今井先生に逢いに行く人はいませんでした。)

悪利用、善利用

これを断片と全体、そして内蔵秩序で考えれば、
悪利用は断片化であり、全体性を生きていないということになるでしょう。
そこには秩序が存在しないということです、無秩序。
この悪利用は氾濫する今の世の中のお金第一主義を象徴しています。
人類が全体性を生きるようになれば、悪利用も存在しなくなるでしょう。


こういう生き方をしてきた私としては、今回のこと、
その後のhさんの行動も、其処に集う人たちの行為も信じられないことです。
価値観の違いで考えれば、私の行動が信じられないことになるのでしょうか。
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