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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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加計家は早い時期に日本列島に渡ってきた渡来人でしょう。


マウス画

28日に「加計」に関してこう書きました。

『加計の苗字に興味があります。
加計町が由来だと思いますが、
何の言葉からの転訛なんだろう。
単純に音読みだと「加計」は「欠け」になる。

加計家の祖先は、江戸時代に加計町で「加計隅屋鉄山」を
経営していたと言われていますが、そうなら渡来人か。』と。

それについてうーさんのコメント。

うー「ぼくはまっさきに加計呂麻島が浮かびました。
「加計」なんてめったに目にしないので、「おっ、」と思ったものです。」

わたしのコメント。

まゆみ「石渡信一郎さんの本を頭に入れて考えれば、奄美・沖縄諸島の地名も
半島からになるので加計呂麻島も同じ流れじゃないかと推測します。
そういえば龍さんブログにあります。ちょっと確認してきます。」

ということで、龍さんブログで確認するとやはりそうでした。

石渡古代史メモー奄美諸島のつづき(何から話そうか~龍の部屋)
加計呂麻(かけろま)島(奄美諸島の島。奄美大島の南東にある島) 加計呂麻のカケロマは、『中山伝信録』に「佳奇呂麻(かきろま)」とある。地名カケロマ(加計呂麻)は、カカラ(大加羅)の転訛カケロに、キ(城)がキ→ミ→マと変わってついているもので、「大加羅の城」の意であろう。・・・』

たたら製鉄は半島から持ち込まれたものだし、
名前でも確認できたので
加計家は早い時期に列島に渡ってきた渡来人でしょう。

渡来人といっても
古墳時代後期には百済人が大量渡来しています。

古墳時代後期にはなんと約270万人弱が渡来しています。
人口の半分強。
その前も、そしてその後も入れれば膨大な数になります。


加計家はそれより前に渡来してきたんじゃないかと推測します。



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