PREV | PAGE-SELECT | NEXT




あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


≫ EDIT

伏羲と女媧と結縄、インカのキープ。そして沖縄・那覇、ナーガへとつながる道


赤字の部分を追記しました。
これが当たってたら面白い。


/////

カタカムナ ウタヒ 15首に奇兵隊さんが
「女媧と伏羲みたいな感じですね。」とコメント入れてくれた
「女媧と伏羲」は以前3回書いています。

『那覇が変われば、日本がかわる。』 その2
やっぱり沖縄はヌワが人類を創造した道教の聖地なの?
世界最古の釣り針から、テンセグリティの見えない紐へと

たまたま目にした大紀元の「伝説上の最初の帝王―伏羲」の
「伏羲は、書契をつくって結縄の政治にかえた。」の
結縄」に目がとまった。

女媧(Nuwa・ヌワ)と伏羲
女媧と伏羲
ヌワ(女媧)はナワ(縄)。
女媧と伏羲の婚姻も螺旋の縄。
「結縄」の言葉も縄を結ぶだから、
女媧と伏羲の婚姻を現している。。

ところが女媧が一人で人類を創造したという説があるんです。
以前書いたように、
女媧は土と縄で人類を創造した女神で
黄土を捏ねて作った人間が貴人で
数を増やすため縄で泥を跳ね上げた飛沫から産まれたのが凡庸な人間。
女媧は疲れて手動の代わりに縄という道具を使って量産するようになったとあります。

このシーン、想像を掻き立てられて面白い。
天地が開闢したときには人がまだいなかったので、女媧が黄土をまるめて人を造った。しかし、きわめて劇務であったのに、力を費やす暇がなく、縄を泥の中で引き回し、引き上げて人を造った。(大紀元)』

女媧の媧は

日本の神話は中国神話を真似てつくったものでしょう。


とりあえず「結縄(けつじょう)」を調べてみる。

ウィキの最初の写真をみると、
縄の漢字の旁(つくり)は縄の形そのものですね。

キープ (インカ)

Quipuキープ

キープ(Quipu、khipu)は、インカ帝国で使われた紐に結び目を付けて数を記述する方法。ケチュア語で「結び目」を意味する。キープは紐の結び目の形で数を表現するため、「結縄(けつじょう)」とも呼ばれている。

構造
単色、もしくは複数に彩色された紐で作られ、さまざまな形の結び目がついている。紐は二本撚り以上になっており、太さには4種類が存在した。最も太い紐は親紐と呼ばれ、その他は下がり紐として親紐に房状に結びつけられている。結び目の形、紐の色、結び目の位置などに情報が含まれ、結び目の位置によって、一、十、百、千、万の位が表された。下がり紐は3本ほどから2000本近いものまであり、細い補助紐がつけられる場合もある。レイランド・ロックの研究によって、十進法を用いていることが判明した。

機能
キープは単なる記号以上の複雑な体系を持ち、言語情報を含んでいることが近年の研究によって明らかにされている。王や役人は人民の統治に必要な情報などをキープに記録し、その作製および解読を行うキープカマヨック(キープ保持者)と呼ばれた役人がいた。キープカマヨックはインカ帝国統治下の各地におり、人口、農産物、家畜、武器など資源についての統計や、裁判の判例なども記録した。キープそのものは計算の道具ではないため、Yupanaと呼ばれるアバカスの一種で計算した結果を記録する場合もある。インカ帝国にはキープを教える専門の学校が存在し、交叉型の分類、集計の混じった情報を扱うこともでき、数学的思考を可能とした。

作製されたキープは、シャスキ(英語版)と呼ばれる飛脚たちによって運ばれた。往時の史料によれば、シャスキは一日280km ほどもリレーした。時速17km である。シャスキは18-25歳の男子から選ばれた。選ばれると、年三ヶ月の鉱山労働を一ヶ月に減免された。中継駅の維持は地元村の義務であった。シャスキ網は王のいるクスコが中心であった。シャスキは王の食べる生鮮食品も運搬した。インカを征服したスペイン人もシャスキを使役したが、うまくゆかなかったという。

Inca_Quipuキープ
結縄
伝説では、中華民族の始祖とされる伏羲が漢字発明以前に、意思伝達のため「結縄」を行ったという。隋書倭国伝や二中歴など古文献は、漢字伝来以前の日本について「無文字唯刻木結縄」と記す。沖縄や房総半島や北海道で昭和時代まで使われていた。沖縄では、琉球王国時代から徴税事務や日常活動において数量を数える表示・記録の手段として用いた。沖縄では結縄を「ワラザン」「バラザン」などと称し、単位を区別するために紐には太さや材質の異なる複数の藁を用いた。この制度は琉球処分後も継続された人頭税が廃止される1903年まで継続された。


「キープ」は英語で保持するの意味だから英語でもあってる。

インカ帝国は高度に組織化されており、キープと呼ばれる装置によって食料の貯蔵量を記録していた。新たに発見されたより複雑なキープには、数以外のメッセージが含まれていた可能性がある。
ph_thumbインカ帝国、「キープ」
文字のなかったインカ帝国、手紙に使われたという「キープ」の謎に迫る』
インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か(ナショジオ)

アンデス山脈の村サン フアン デ コラタ 村の歴史に関する情報を含んでいる可能性がある。
03アンデス山脈の村サン フアン デ コラタ 村の歴史に関する情報を含んでいる可能性がある。


ペルーの結縄の方法
ペルーの結縄の方法(国際日本文化研究センター )


たく‏ @polanyaan

"中国社会では三皇五帝時代に結縄方式をすてて書契時代となり、さらに進んで漢晋時代には今日のような漢字に発達しているが、沖縄諸島、宜古、八重山諸島では今日でも古俗を残して、インカのキープと同様に藁縄類を結んで、公私の諸件を処理する習俗がある。"


Mideaux, Y.‏ @Jn21M

【琉球王国】琉球(語)には、独自の文字表記法が無く、縄の編み目に意味付けをし、記録として保管していましたね。
cf:結縄(けつじょう)、インカのキープ(同類の記録法)
https://twitter.com/Akubishobo/status/688927745993084928


CY-QIn0UMAAI1f_藁算 琉球王朝時代の数の記録法
藁算:琉球王朝時代の数の記録法 栗田文子著
琉球王朝時代(1187~1879年)、文字を持たなかった沖縄の庶民が、日常生活の様ざまな記録に用いた藁算。明治後期に失われた沖縄の文化遺産を現代に復元した貴重な資料。


現在でも石垣島の一部で縄文字が残されているそうです。
南米インカ帝国と沖縄に縄文字があった。

縄と言えば縄文。
沖縄では縄文土器が出土している。
それどころか9千年以上前の土器、石器がみつかっている、
東アジア最古旧石器時代の人骨も出ています。
他にたくさんある。

世界最古の釣り針もみつかっている。
釣りといえば、りといえば
伏羲が人類に魚釣りを教えたといわれている。

///////

Nuwa・ヌワ、縄と言えば沖縄・那覇。
那覇はナワでもある。

バックミンスター・フラーは『那覇(NAHA)とは、
ノア(NOAH)であり、ナーガ(NAGA)である。』と言ってます。

2015.05.30  『那覇が変われば、日本がかわる。
で紹介した沖縄へのビッグメッセージ。

梶川泰司さんの犬のしっぽブログより再掲

ナーガ(NAGA)

那覇(NAHA)とは、
ノア(NOAH)であり、ナーガ(NAGA)である。
--------------バックミンスター・フラーの1982年の講義

那覇が変われば、日本がかわる。
それをアメリカ海軍(NA-vi-GA-tion)がもっとも怖れてきたことである。

那覇は
バイオスフィアを航海,航空,航行する時の
浮かぶ永遠のマイルストーンである。



今日の犬のしっぽブログに「一粒万倍」を読むと
稲にはパワーがあることがわかる。
その稲わらを編んで色んなものを作ってきた。
農家の縄細工やしめ縄など。

日本一大きい出雲大社のしめ縄
1024px-Izumooyashiro89.jpg
しめ縄の下のスカートみたいなのってこれと同じ?
女媧と伏羲


こちらは懐かしの諏訪大社

諏訪大社で大祓
http://cocorofeel.blog119.fc2.com/blog-entry-7561.html

大祓の「茅の輪」初体験
DSC07003.jpg

これがくぐりかたの説明、見た目はメビウスの輪
DSC07002.jpg


メビウスの輪をまったく違う見方をしたら
とつぜん、メビウスの輪的なものに興味が出た。。。


関連記事

| ぶっ飛び考察 | 19:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT