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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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ひとりあそび


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              写真はアボリジニの子供たち。本を写真に撮ったもの



先ほどから雨。
ダムがある場所に降ってね。

・・・

コメントで多重人格のことを書いた。
その流れで一人遊びの話も出たりで
ちょうどいい機会なので河合さんのお話を書いてみよう。


先日の『こころと脳の対話』の
”診断を下すことが患者を苦しめる”の章で
解離性同一障害について河合さんはこんなことを言われています。

米国では解離性同一障害の患者に対して
Aという人格が出るとそれに名前をつけ、
Bといういう人格が出るとまたそれに名前をつけ、
Cという人格が出るとまたそれに名前をつける。
それで今日はAさんと話しましょう、
今日はBさんと話しましょうとなる。

そして最後に統合しましょうということになる。
統合されていくためには誰かが死ななければいけなくなる。
そうすると極端な場合は自殺する人が出てくるそうなんです。

河合さんは名前をつけないそうです。
河合さんは関係性というものを非常に大切にされていて
解離性同一障害の患者さんに会っても平気でいる、
どんな症状が出ても平気でいるそうなんです。
そのほうが治りやすいそうなの。
そのかわり河合さんはしんどいそうです。
しんどいけれどそのほうが治りやすいと。

日本でも米国のやり方でやっている人は
上手くいかなかったり、自殺が起きているそうなんです。
河合さんは米国に行って河合さんのやり方でやって
ケンカしてきたいくらいだと話されていました。

米国は科学主義だから
何でも名前をつけなきゃいけない、診断を下さなきゃいけない
解離性同一障害かどうか、はっきりさせなきゃいけないそうなんです。

河合さんはそういう診断をする必要がないと明言されている。
診断を下すために、ものすごく患者に苦労をさせている。
Aの人格、Bの人格に名前をつけると患者はそれに応えたくなる。
応えると先生が喜ぶ。
人格が変わったほうが先生が喜ぶ。
「DSM-Ⅲ」が出てきて精密になって、
患者がものすごく苦労してるんじゃないかと。
こう話されています。


・・・

こんなことが書いてあって
読んで最初はびっくりしたけれどそのうち悲しくなりました。
そうでなくても辛い環境にある患者の立場になれば、何と言えばいいか。

そして河合さんにはもっと長生きして欲しかったけれど
河合さんのしんどさを知って、ある意味、仕方なかったのかなと。

今後、心の病はもっと増えていくと思う。
誰もがそれを予感しているでしょう。
米国の後追いをする日本。
なんか悲しいな。

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| 未分類 | 12:56 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

悲しいお話ですね。光を当てたいです。
今後わたしはこのような方々の為の施設作りに参加してゆきます。。。

| fairy | 2009/03/28 13:39 | URL | ≫ EDIT

fairyさん、大変でしょうが、やりがいのある大切なお仕事ですね。
どんな仕事でもいいですが、人のためになる、世の中のためになる仕事が、大変だけど結果的に一番だと、この数年強く思ってます。

| mayufuru | 2009/03/28 21:35 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、お久しぶりです。

わたしは、価値のある仕事とは、生み出す仕事なのだと思います。
如何せん、今の時代はその生み出す力がコントロールされ貶められている時代なのだと思っています。

農業とは、ある意味無から価値ある食物を生み出す仕事のように思われます。

本末顛倒、、

今の時代は、本当に価値のある行為は蔑まれ、どうでも良いこと(値段が安易に付加されるサービス業など)が重んじられる時代なのではないでしょうか?

例えば、微笑みに値段が付けられ、その数によって価値が上がると言うような、、。

馬鹿馬鹿しいのですが、それが今の現実なのではないでしょうか。

売笑婦の方が、農民より遥かに重んじられる時代です。

人のためになる仕事、、、これは曖昧な表現のような気がいたします。

しかし、職業に貴賤なしといいます。

わたしはどの職業が尊いというようなことを言いたいわけなのではありません、ただ、物質主義、大量生産によって人々の心から失われた価値観がとても気になるのです。

生み出す力は、人間の本来の性なのではなかったでしょうか?

乱文にて、、判りにくいかとは存じますが、思うがままに書かせていただきました。

| harunoshinn | 2009/03/28 23:16 | URL | ≫ EDIT

harunoshinnさん、こんにちは。

農は以前からも言ってるようjに一番です。
生み出すというのもまたたくさんあって最近は変なもの、不必要なものが多いですね。

私が人のためになる、社会のためになると書いたのは、相手は弱者です。お年寄りとか障害者とか体や心に病を持った人とか生活困窮者とか子供とか、そんな感じです。

>例えば、微笑みに値段が付けられ、その数によって価値が上がると言うような、、。

思わず笑ってしまいました。こういった商売多くなってますね。楽して稼ぐ。人は楽なほうへ楽なほうへと向かうようです。

| mayufuru | 2009/03/29 11:32 | URL | ≫ EDIT

いろいろな障害や病気に、名前をつけてもらうことで受け入れやすくなる人も確かに多いのでしょうが、
それで絶望的になる人もいるでしょう。
名前をつけられなければ、少しずつバランスを取って生きられるようになっていく場合の方が多いように思います。
そういう力が与えられているのだろう、と。
そのまま、寄り添ってくれる人の存在が、重要なのかな。

データを分類し定型化していくのは面白いし、そこでの発見もありますが、
生きているものは定型通りにいかない、いつも想定外のことがありうる。
それを察知する感受性、それに向き合える柔軟性を失わずにいたいです。
しんどくてラクではなくても、「楽しかった・生まれてきてよかった」と言える人生になるのではないか、と。

| 太陽の子 | 2009/03/29 13:42 | URL | ≫ EDIT


そうですね、たとえば癌じゃないのに間違って癌だと宣告され一気に様態が悪化する人がいるように、癌を宣告しないで知らされずに、家族が大切に見守り、元気に過ごしていつの間にか癌が消えたお年よりも知っています。気持ちが病気を左右する、S先生もよくこういうことを言われます。偽薬(プラシーボ効果)で病気が治るのをそれですよね。

| mayufuru | 2009/03/29 17:01 | URL | ≫ EDIT















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