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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
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資料(元日本兵小野田寛郎さんは島民にとっては山中の鬼のような存在だった)


Simon_Sin@Simon_Sin

元日本兵小野田寛郎については彼の自伝のゴーストライターだった津田信が『幻想の英雄』という本に彼がいかに身勝手な山賊であったかを描いている。犬をけしかけられたことを逆恨みして現地人を鉈で滅多打ちにして殺したことをケロッと語っている異常さなど枚挙に暇がない


広岡 祐@yu_speedbird

毎年終戦の日が近づくと、小野田寛郎さんの話題がネットに出るようです。以前も一度取り上げた話題ですが、これは毎年でもつぶやきます。どのような政治的立ち位置であれ、小野田寛郎氏を称揚する人だけは理解できないし、その時点でその人の言説のすべてが信用できない。(続く)

彼も世を去った。その戦後の行動を冷静に振り変えるべきでしょう。『小野田さんこそ、気骨ある日本人であった』というコメントが出ると、数千の賛同がつくことに暗澹とする。氏が帰って来てしばらくして、心ある人は黙った。(続く)

彼の苦労を思いつつも、戦後の行為が漏れ聞こえてくると沈黙せざるをえなくなった。そして彼はブラジルに去った。ほっとした人も多かったんですよ。帝国軍人の鑑、あるいは軍国主義の亡霊と、さまざまなかたちで語られた小野田氏ですが、残置諜者としてルバング島に残ったこの人物は(続く)

島民から見れば山中の鬼のような存在でした。たとえば北海道の山中に他国の工作員が潜伏し、30年もの間山麓の村人の命を奪い続けていたとしたらどうだろう、村人の大多数がその人物に親兄弟の誰かを殺されていたら。生還と帰国が歓迎されたかどうか。(続く)

戦後のほうが奪った命が多いというのは一体どういうことでしょう。言いづらいことですが、小野田さんとはそういう存在でした。むろん戦争という大背景があり、彼もその犠牲者のひとりなのはわかるのですが。戦争体験者の記録はずいぶん読みましたが、正直、小野田氏だけのエピ

もう触れたくなかったりします。ルバング島に潜伏していた小野田寛郎少尉を発見、帰国の糸口をつくった鈴木紀夫という人物がいました。彼は冒険家、というか冒険に憧れた青年で、小野田少尉発見後、今度はヒマラヤ山中の雪男を探索に熱意をそそいで(続く)

妻とふたりの幼な子を残してダウラギリで命を落とすことになります。鈴木さんは笑顔の素敵な男性で、あの小野田少尉生還の物語のなかで、ただひとつ救いとなる人物、エピソードなんですね。


山吹色のかすてーら@sir_manmos

返信先: @yu_speedbirdさん
当時「陸軍中野学校出の情報将校が終戦を知らんはず無かろう。横井さんが歓迎されたの見て、今がチャンスと出てきよった卑怯者」って評価をしている人がいた。




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