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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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閉じ込められた神が動きだした? その8


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12時30分の気象画像、右下に気象操作を感じる奇妙な雲。


山口から一直線にUターンするかと思ったら更に西の九州北部へ
九州北部で豪雨、名前があがっている地域だけ検索してみます。
私の産土、縁がある神さまにつながりで福岡県の話をずっとしていたところ。
いきなり、壱岐市、壱岐の豪雨はあまり記憶がない。

長崎県壱岐市
緯度 33度44分56.44秒(33.749011)

壱岐が出てくるとさすがに
東端の九十九里浜から神々のルーツを遡っているかのよう。

豪雨は大分県日田市、佐賀県、
福岡県飯塚市、福智町、篠栗町、北九州市八幡西区でも被害をもたらしている。
九州、中国地方の方で祝詞出来る方は大祓いを奏上してください。

日田市に日が入っている。

壱岐市内の神社は164件。
ちっちゃな島に164件とは凄い数、流石!
ここにも私と縁がある若宮神社、住吉神社、金刀比羅神社がある。
やっぱり住吉神社の本拠地はこの島でしょ。

http://pds.exblog.jp/pds/1/200907/25/62/b0086362_13321442.jpg',200,150,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>
住吉神社
壱岐の神社の総帥
『祭神は底筒男神(そこつつおのかみ)、中筒男神、表(うわ)筒男神、相殿に八千戈神(やちほこのかみ)で、明治4年、国幣中社に列格。壱岐唯一の官社となった。神社のある幡鉾(はたほこ)川源流域は、古代より神聖な場所である。神殿は鬱蒼とした樹叢の中にある。境内の神池から発見された神鏡17面は、大陸系のもの12面と和鏡系のもの5面。絹本着色高野四社明神像など平安から室町時代の貴重な文化財がある。12月、壱岐神楽のフィナーレを飾る大大神楽が奉納される。』


住吉三神
http://viswiki.com/ja/%E4%BD%8F%E5%90%89%E4%B8%89%E7%A5%9E
住吉は「すみよし」は、元は「すみのえ」と読んだ。住吉の「吉」は古来では「エ」と読み、「住」(スミ)と「吉」(エ)の間に助詞の「ノ」を入れて、「住吉」は「スミノエ」と読んだが、平安時代の頃から「スミヨシ」と読むようになった。
スミノエとは「澄んだ入り江」のことであり、澄江、清江とも書いた。古代における天皇即位の際の重要な祭儀である八十嶋祭の清めの海を表しており、天皇は即位すると住吉(スミノエ)の海で清めの儀式を行ったのである。 住吉大社周辺の墨江や住之江という地名は、「スミノエ」の読みに漢字を当てはめたものとされる。・・・住吉三神は現在でいうオリオン座の三ツ星の神格化という説もある。』

え~、ビックリ。
知らないことだらけだ。

住之江は私が三年間通った場所。
住吉大社のすぐそばに3年半ほど住み、その後南方へ引越し
ところがまた縁ができて住之江に三年間通った。
やっぱり縁があったんだね。

壱岐には素佐之男神社がいくつあって
やはりスサノオは壱岐を経由して列島に入ってきたことがわかる。
花ノ木神社なんていうのもあって、しかし、色んな神社があって驚き。
花ノ木神社で一瞬コノハナサクヤヒメを想起、
場所を調べると最北にあった。
ということは、半島から見て鼻の先
鼻と言えば鼻から生まれたスサノオ。
花ノ木神社がある勝本町仲触あたりにスサノオが上陸?
そこから南に「月讀神社」、更に南下して島の中ほどに「月読神社」があるね。

壱岐氏の末裔の吉野さんのお話によると
「月読神社」は元々芦辺町箱崎諸津触の男岳山頂にあったそう。
「月読神社」の名も江戸時代からだとか。
ツクヨミはこの壱岐が本拠地だって。

http://pds.exblog.jp/pds/1/200907/25/62/b0086362_13324591.jpg',165,200,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>
「月読神社」
日本神道発祥地の威厳
『古事記では伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が天照大神の次に産んだのが月読尊(つくよみのみこと)とされている。京都の月読神社は、487年壱岐の県主(あがたぬし)の先祖忍見宿祢(おしみのすくね)が壱岐から分霊したもので、ここは神道の発祥の地とされる。県道に面した鳥居から、桧林の中を急な石段の参道がつづく。鬱蒼として昼なお暗く神秘的なたたずまいを見せる。』

神道の発祥の地とあるね。
やっぱり半島からだ。

花ノ木神社と緯度が近そうな神社は・・・
出雲は35度だったよね。
どうして?
次に熊野を検索。
あった!熊野本宮大社だ。

花ノ木神社
33度51分7.86秒(33.852183)
熊野本宮大社
33度50分26.06秒(33.840572)
熊野速玉大社
33度43分55.75秒(33.732154)
熊野那智大社
33度40分7.49秒(33.668747)

うん?
ということは
スサノオの本拠地は実は出雲ではなく熊野?
ぶっ飛びでした。

33度ラインに四国、和歌山、奈良、三重がある。
福岡、山口もかすめるかな。

探すのが面倒になってきたのでとりあえずパス。

三重といえば、伊勢神宮。
伊勢市内の神社は68件と少ない!
やっぱり新しいんだね。

伊勢神宮は
緯度 34度27分18.04秒(34.45501)

ちょっとずれるね。


そして
豪雨は九州北部から西に移動
広島県東広島市
34度25分36.31秒(34.426753)

東広島市内の神社は139件
ここにも住吉はあるけれど、聞いたことのない神社名ばかり
広島と沖縄の高校生が予定していた核廃絶の街頭署名は大雨で中止に

追伸
壱岐市の神社、仏閣
http://www.city.iki.nagasaki.jp/sightseeing/temple/index.html

メンシアの拝塔と水盤
月と太陽と魚
『安国寺境内にある二つの拝塔は松浦藩27代藩主松浦久信夫妻のもので、左側にあるのがキリシタン大名大村純忠の五女で久信公の妻であったメンシアの拝塔である。水盤にキリスト教的特徴が見られるという。マリアを象徴する三日月とキリストの象徴である太陽を組み合わせた日月水盤。また台石の表面に魚と蟹のようなレリーフがある。魚もキリストの象徴として扱われることが多いという。 』


さすが長崎。
妻のメンシア?ってメシアから取ったの?
壱岐ってある意味、全部の集合場所かもね。
四方八方から集合してるような。



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COMMENT

■<九州豪雨>積乱雲集まった「人参雲」が原因…管区気象台
 福岡管区気象台(福岡市中央区)は25日午前、臨時会見を開き、九州北部を襲った豪雨の原因は多数の積乱雲が集まった「人参(にんじん)雲」(テーパリングクラウド)だったと発表した。

 同気象台によると、24日は、対馬の南西海上にある梅雨前線に向かって、南から暖かく湿った空気(湿舌)が流れ込んだ。その結果、梅雨前線が刺激されて九州北部上空に多数の積乱雲が発生し、横に倒したニンジンの形に集まった。人参雲は梅雨末期に起きやすく、大量の雨をもたらすが、気象台の担当者は「これほどの豪雨になるとは」と話していた。

 同気象台によると、24日の福岡県内の24時間降水量は▽北九州市小倉南区頂吉266.5ミリ▽篠栗町251ミリ▽福岡市博多区239ミリ▽宗像市234.5ミリ▽北九州市小倉南区空港北町178ミリ――の5カ所で観測史上最大となった。

| mayufuru | 2009/07/25 17:11 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、飛ばしすぎです。追いつけませんよ・・・。ところで、伊勢神宮ではなく、斎宮で探してください。緯度34.53788です。ここが伊勢王朝の都だったと思います。
天明や王仁三郎についてはまことに勇気ある発言ですね。でもそのように考えている人は多いと思いますよ、っていうか、その存在すら知らない人が多いでしょう。私はもちろん無神論者ですから胡散臭さは前から感じています。宗教全般にそう思うのですがね。
ただ、大本教は胡散臭さとともに大きなロマンを覚えます。国家神道をひっくり返しかねない何かを持っていたのではないでしょうか。

| mayo | 2009/07/25 20:30 | URL | ≫ EDIT


マヨ博士、斎宮ですか、分かりました。

何もなければ大本は潰されないですからね。聞きかじりですが、王仁三郎は「わしは偽者じゃ」と言いながら死んで言ったそうです。知ってますか?

噂通り、金正雲氏、めぐみさんと似てますね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090725-00000024-jijp-int.view-000

| mayufuru | 2009/07/25 20:43 | URL | ≫ EDIT

ポストカード作ってくれるとうれしいです。
好きな写真けっこうあります。ここじゃなんなんで、
メールで送らせていただきますね!

まゆみさん、もうすぐ本土へ行ってしまうんですよね。
(会ったことないのに)さみしい・・・
今まで沖縄がお世話になりました。
引っ越しの際、人手が足りない時はお声をお掛けください。
よろこんで~ですので。


| miya | 2009/07/25 20:55 | URL | ≫ EDIT

この緯度は太陽の道といわれ、三輪山、長谷寺・・・色々並ぶはずです。
王仁三郎のその話は知りません。彼の正体はやはり謎です。
北朝鮮情勢は裏で恐ろしいほど動いているようです。ハーレーで瀕死の重傷だったらしいのですが、幸い一命は取り留めたとか・・・。

| mayo | 2009/07/25 20:59 | URL | ≫ EDIT

miyaさん、メール待ってますね。

引越し先は決まってないのでまだいますよ。
アメリカ行きも断るつもりです。

| mayufuru | 2009/07/25 21:22 | URL | ≫ EDIT

マヨさん、太陽の道ということは夏至や冬至に関係あるんでしょうね。
日食は西から東へ。
太陽は東から西へ。。。

| mayufuru | 2009/07/25 21:24 | URL | ≫ EDIT

すいません、肝心の本を人に貸してしまい詳しくは今わかりません。たぶん基準となる緯度だったのではないかと・・・。栗本氏は三輪山が古代ネットワークの中心だったと述べています。そのようなポイントがいくつもあるので私も決めかねています。幾何学が苦手なので、苦労してます。
高校でもう少し真面目に学ぶべきだった・・・・とほほ。

| mayo | 2009/07/25 21:51 | URL | ≫ EDIT

>何もなければ大本は潰されないですからね。聞きかじりですが、王仁三郎は「わしは偽者じゃ」と言いながら死んで言ったそうです。知ってますか?

王仁三郎は、なおとは違い、神にはなれなかった人だから「偽者」と言ったのかもしれませんね。

すでにご存知の情報かもしれませんが、大本のHP、参考になることが隠されているような・・・弾圧の理由も、垣間見えるかもしれません。それから日月神示との関係も、年号などで見えてくるかも。

(以下、転載)

明治25年(1892)、出口なお開祖に大地の主宰神、艮(うしとら)の金神=国祖・国常立尊(くにとこたちのみこと)が帰神して「三千世界の立替え立直し」を宣言、開祖が昇天する大正7年(1918)までに世界への預言・警告の筆先(半紙20枚綴り1万巻)を記した。


| Sky | 2009/07/25 23:22 | URL | ≫ EDIT

(続き)

昭和10年(1935)[乙亥]10月
聖師は、皇道精神(日本精神)とは霊主体従の精神であり、霊改造を行わずして国家の革新は断じて完成されない、との所信表明。カオダイ教と提携
昭和10年(1935)[乙亥]12月8日
第二次大本事件おこる。聖師(松江)・三代教主補(亀岡天恩郷)ら幹部を検挙、京都市内8カ所の警察署に留置

http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpHist/histmain.html

大本の特徴として、大本が日本、世界の「型」(ひな型)となっている、という教えがある。「綾部の大本は、世界の大元(おおもと)と成る大望(たいもう)な処(とこ)であるから、此(こ)の大本に在りた事は皆世界にあるから、此の中に仕(し)ておる事が、世界の形(かた)に成るのであるから……」(大正5年旧11月21日、『大本神諭』)

http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpHist/kata.html

| Sky | 2009/07/25 23:22 | URL | ≫ EDIT

(続き)

また、感心するのは、聖師は古典の解釈が普通の神道家や国学者と違うということです。一般的には天照大神(あまてらすおおかみ)か天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、神皇産霊神(かみむすびのかみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を重視するのですが、聖師は国常立尊(くにとこたちのみこと)という神を最も重視して、高天原から追放された須佐之男命(すさのおのみこと)を、罪をあがなう救いの神だという位置づけをされている。今までの国学者の考えとはたいへん違っている。これもすごいことですね。

http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpOnisaburou/umesaoueda.html

| Sky | 2009/07/25 23:24 | URL | ≫ EDIT

「エスペラント カタカムナ」で検索するとウィキで
架空文字とか、偽書とか、出てきますね・・・。

| Sky | 2009/07/26 00:00 | URL | ≫ EDIT

マヨさん、太陽の道があるなら月の道もあるかも知れないですね。

| mayufuru | 2009/07/26 11:12 | URL | ≫ EDIT

まゆみさん、おはよ。まゆみさんらしい発想です。あるかもしれませんが、残念ながらしりませんよ。
ところで、*ttp://blogs.yahoo.co.jp/sumiyan2001/archive/2007/6/10 に石宝殿の写真があります。本当に不思議な巨石です。おもしろいですね。

| mayo | 2009/07/26 11:33 | URL | ≫ EDIT

Skyさん、そういえば、本は読みましたが、大本のHPはみたことがありませんね。トップページの神事の写真が気に入ったことと、大本のことを思い出して考察するために時々覗いてみます。

開祖がなおさんで、聖師が王仁三郎になるんですね。

そうか、王仁三郎は松江にいたんですね。うっすら思い出しました。松江は私の好きな場所なんですよ。

「エスペラント カタカムナ」で検索するとトップにこのコメントが出てきます。三番目にまゆみの名がみえましたが、同じ名前をみるといい気分はしませんね。念のために書いておきますが、私は掲示板には一切投稿はしてませんからね。知り合いのブログにしか書き込みしてません。

| mayufuru | 2009/07/26 11:43 | URL | ≫ EDIT

Wiki見つかりました。以下添付。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カタカムナ文字とは、カタカムナ文明において使用されていたとされる文字。正しくは「化美津文字」(かみつもじ)という。

カタカムナ文献はこの文字で記述されている。

別名八鏡文字(はっきょうもじ)。

特徴
いわゆる神代文字であるが、他の神代文字に草書体のような曲線形が多いのに対し、カタカムナ文字は幾何学的な円と直線からのみ成り立っている。
一般的な神代文字が右から左へ縦書きされるのに対し、カタカムナ文字は左から右へ渦巻状に記され、中央から読み進める。このため複雑な文章は書けず、カタカムナ文献は全て簡潔な歌で表されている。
濁点や半濁点、小さいァやッなどの文字は存在しない。
なお、渦巻きの中央にはそれぞれ「ヤタノカカミ」「フトマニ」「ミクマリ」と呼ばれる図章が記されている。
二文字あるいは三文字が重なり合って一文字の新しい字形を作る。

| mayufuru | 2009/07/26 11:43 | URL | ≫ EDIT

凄い大きさですね。岩山を直接削っていったんでしょう。磨崖仏を思い出しました。なまいしとは読まないんですね。明石に関係あるのかな。緯度は34度でした。

生石神社
34度46分57.12秒(34.782533)

| mayufuru | 2009/07/26 12:04 | URL | ≫ EDIT

家紋がらみでアシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)

アオイ
葵。 
コノハナサクヤ姫のシンボル。 夫婦の妻をあらわす。 ⇔ カツラ

アオイカツラノメヲマツリ
葵楓の夫婦祭り。

【葵祭】アオイマツリ -広辞苑より-
京都下鴨神社および上賀茂神社の祭。当日、冠や牛車(ぎつしや)・桟敷の御簾(みす)などを葵鬘(あおいかずら)で飾ったからいう。祭礼は、昔は陰暦四月の中の酉の日、今は五月一五日。斎王代・勅使らが行列して御所から下鴨・上賀茂とめぐり、祭典・東遊・走馬の儀がある。古来、祭といえば葵祭を意味した。三勅祭の一。賀茂祭。北祭。



| 774 | 2009/07/28 12:59 | URL | ≫ EDIT

アシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)の家系図
ttp://gejirin.com/src/A/asituhime.html

| 774 | 2009/07/28 13:01 | URL | ≫ EDIT















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