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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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「カタカムナ ウタヒ」は暗号?(2、マニ教)


トンでもないぶっ飛びで誰も着いて来れないでしょうから、
スピードを落として今日はもっと分かりやすく書いてみます。


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■カタカムナ ウタヒ 3首
フトタマノ ミ ミコト フトマニ ニ

ストレートに訳して
フトタマノ ミミコト フトマニニ
①太玉の御命(神子、皇子)、太マニ(摩尼)に

フトタマで検索したら神名で「天太玉命」が出てきた。
天太玉命はタカキネの第三子でナガスネヒコ・ミカシヤ姫・アメトミの祖父。
テルヒコの左の臣で共にアスカに下るとある。
面白いのはこの神社の名前。
千葉県館山市大神宮、安房(アワ)神社。
「アワ」だよ!
ほらね、だんだん怪しくなってきたでしょ?

安房神社のHPでは神社の創始は今から2660年以上前、
神武天皇が初代天皇として即位した皇紀元年(西暦紀元前660年)とある。
安房国の「一之宮」、国内の全ての産業の総祖神で、
明治の社格制度で最高位の社格「官幣大社」になり、
太平洋戦争終結まで国家の管理下に置かれることになったともある。

「天太玉命」は何となくアマテラスに関係してそうなので、
千葉県館山市大神宮で検索すると緯度34度。
マヨ博士のいう太陽の道だ。
やっぱり、アマテラス関係だね。
でも、昨日の宗像に関する場所はは33度。
33から34へ移動?34から33へ移動?
ここがどうつながってくるか。

安房(アワ)神社
緯度 34度55分23.46秒(34.923183)
経度 139度50分14.42秒(139.837339)

この経度に見覚えがある。。。
確か浅草寺?

浅草寺
緯度 35度42分53.01秒(35.714724)
経度 139度47分48.26秒(139.796739)

やっぱり、近い!
「ア」つながり、カタカムナつながりの神社と寺はほぼ真っ直ぐ。

やっぱり「閉じ込められた神が動きだした?」 シリーズにつながりそうでしょ。

「天太玉命」を採用すると
①天太玉命は太マニ(摩尼)になる


次に
フトタマノミ ミコト フトマニニ
③太玉飲み命(神子、皇子)は太マニ(摩尼)に

次にカタカナを入れ替えて
タマノ ミミコト フトマニニトフ
②玉の御命(神子、皇子)は太マニ(摩尼)に問う

③太玉飲んだ命(神子、皇子)は太マニ(摩尼)に

追記
④フトタマノ ミミコト フトマニニ
太玉の 耳事(耳言)、フトマニに
太玉(天太玉命)が耳で聞いた事、言葉をフトマニにした



さて「マニ」を何にしようか。。。

ホツマツタエのフトマニ図もある。

ウィキより
フトマニ
『フトマニ』は、ホツマツタヱと同様の文字で書かれた古文書である。『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』が「歴史書」であるのに対し、『フトマニ』は占術と関係の深い歌集である。『フトマニ』によれば編集者はアマテルカミ(天照大神)である。『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』と同様に、確実に遡ることができるのは江戸時代までである。「太占」と漢字表記することもあるが、「太占」は亀の甲羅をつかった占いであり、ヲシテで書かれた『フトマニ』とは別のものである。

マニ教
マニ教(-きょう、 摩尼教、英:Manichaeism)は、サーサーン朝ペルシャのマニ(210年 - 275年ごろ)を開祖とする宗教。ユダヤ教・ゾロアスター教・キリスト教・グノーシス主義などの流れを汲む。 かつてはスペイン・北アフリカから中国にかけてのユーラシア大陸で広く信仰された世界宗教だったが、現在では消滅したとされる。マニ教は、過去に興隆したが現在では滅亡した(信者が消滅した)宗教のうちで、代表的なものである。

マニ (預言者)
マニ(Mani, ペルシア語:, シリア語:)はサーサーン朝ペルシア時代の予言者で、グノーシス主義の影響を受けた宗教、マニ教の開祖。210年生~276年没。

マニの両親はユダヤ教新興教団に属しており、マニも幼少の頃からユダヤ教の影響を受けた。その後、ゾロアスター教やキリスト教・グノーシス主義の影響を受けて、ユダヤ教から独立した宗教を樹立した。24歳の時に啓示をうけ、マニ教を開教したとされる。ペルシャ・バビロニア・インド・中央アジア地方で伝道の旅を続けたものの、当初は信者を獲得するに至らなかった。マニがサーサーン朝のシャープール1世に重用されると、ペルシャを中心に信者を増やしたが、その後サーサーン朝がゾロアスター教を国教と定めるとともに迫害された。マニ自身は、ゾロアスター教のマギカルティールに陥れられて殉教した(一説によると獄死した)。世界宗教の教祖としては珍しく、マニ自身は自ら経典を書き残したが、マニ著筆の経典は散佚している。



以上。

http://pds.exblog.jp/pds/1/200907/31/62/b0086362_12212721.jpg',300,162,'1');" OnMouseOver="this.style.cursor='hand'"/>
このマニ教の図はウイキより拝借。


私は勘で、マニ教を採用したい。
宗像、宗像神はペルシャから東南アジア、あるいは中国を経由してやって来た人たち?
でも追記の④番も面白い。
それでもマニはマニ教からきてるんじゃないかな。



参考資料

3年前に直感で解読したもの。
■カタカムナ ウタヒ 3首
フトタマノ ミ ミコト フトマニ ニ

(大きな意志、命 は 大きな真のこころに)

カミの意志、宝もの、身 は 真のこころを持っている人間に宿る
(その後考えたら、一瞬に宿るもありかなと。)


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