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あいさつ

表紙の写真の作品は、2003年に制作したものです。
尚、当ブログの記事の引用・転載は必ずリンクを貼ってください。


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「自由」から「真の自由」へ


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コメントの承認制についてこちらのページで意見が出ています。

まずスルーですが、
荒らしだと思えるコメントをスルーすることは私はできます。
(荒らしだと思う人にコメントを書いたときは事実関係のみです。
ドラマを生まないためです。)

私がスルーした場合で一つ問題なのが
それを本人、そして周囲の人が悪意に誤解で受け取ることです。
実際過去にありましたよね。
これが膨らんでくると、私は返事を書かなくてはいけなくなります。
返事を書いたら書いたでまた揚げ足取りのコメントが入ります。
こうなってくるとやはりスルーを徹底すればよかったなと反省します。

ただ、読者はスルーが出来ない人が多いと思うのです。
スルー出来なくてついコメントを書く人もいるでしょうが、
コメントをされない多くの読者を私は想像します。

読者のほとんどはコメントされません。
コメントされない読者の多くはこのブログを応援してくれている方です。
暖かい応援のメールがきて気づかされることがたびたびです。
そして胸を痛めていらっしゃることもわかります。

以前ストーカーと認定したMさんについても
彼のコメントがあるだけで不愉快になる方が多いのもわかりました。
こういうこともあって何度も出入り禁止にしました。

しかし、批判を目的にみている人も結構いるでしょう。
好意と批判の相反する気持ちを抱えながらみている人もいるでしょう。
私はコメントをされない多くの読者に気持ちがいってしまいます。

一人、二人、数人の荒らしが書き込んだ場合、
見ている側はまるで多くの人間が批判しているように感じます。
たった一人、二人、多くても数人なのに。
面白いですよね、これが人間の心理です、ドラマです。


すずさんが言われるように、
場を荒らそうとする人はコメントが表示されることを願っていると思います。
承認制にしてからまだ五日しか経っていませんが荒らしコメントはゼロです。
スパムもゼロです。
最後まで私に執拗に文句を言い続けていた女性?二人の
コメントが承認制の初日に一度あっただけです。
その後はありません。
こうやってみるとやはり荒らしだと思わざるをえません。
本当に私に何かを伝えたいなら非表示でもコメントを入れてくるでしょう。
メールでも送ってくるでしょう。

承認制に切り替えてから一日のアクセスが200~300ほど落ちています。
これはやはり、騒ぎが好きな野次馬がこれだけ見ていたということでしょう。
結構野次馬がいるとは思っていましたが、予想以上の数でした。
ブログの空気がきれいになるはずです。

仮に読者全員がスルーできたとしても、場の空気は良くならないでしょう。
本当にスルーできるならいいですが、フラストレーションがたまると思うのです。

過去に何度もコメント欄が荒れて、それでも私は公開してきました。
コメントを削除するということもほとんどしてません。
かなり好きにさせていたと思います。
なぜかというと、人は変わると思うからです。

こんなに好き勝手にコメントできるブログは私はみたことがありません。
だけど、好き勝手にコメントできるということと、”自由”は別のことです。


前にも書きましたが
自由とは好き勝手なことをすることではありません。


自由とは
自分の頭で考え
自分の眼で見
自分の耳で聞き
自分の鼻で嗅ぎ
自分の手で触れ、つかみ
自分の足で立ち、歩くことです。


そして


「真の自由」とは
他者から開放されることではなく
自分自身から解放されることです。
自ら拘束している自分自身を解放してやることです。





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| 未分類 | 13:05 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

まゆみさん こんにちは。
>「真の自由」とは・・・自分自身から解放されることです。
素敵なメッセージありがとうございます。
まゆみさんのブログと あなたの子どもを加害者にしないために という家族カウンセラーの方のブログをここ2,3年拝見してきました。2つのブログのおかげで少しづつまゆみさんの言わんとしておられることが自分に伝わってきているように感じます。
コメント欄が荒れるたびに不快な気持ちになりましたが振り返るとこれもまた気付きの機会をいただいたように思います。
「目食耳視」と「同仁一視」の解説がありましたのでご紹介させていただきます。
目食耳視とは、「目もて食らい、耳もて視る」。
「目食」とは、お腹の空き具合や好きか嫌いかという“気持ち”で食べるのではなく、“見た目”の豪華さなどを基準に食べること。
「耳視」とは、世間のうわさや評判を基に物事を見ること。蘊蓄や説明書を基に芸術を見たり、権威者の判断を基に見たものを評価したりすること。
「同仁一視」-同じく仁の心をもって、一切を視ること。
身分・出身・敵味方などにかかわらず、だれかれの区別なく、同じように思いやりの心を持って人と接すること。

| 774 | 2010/01/28 17:20 | URL | ≫ EDIT

私が通った高校では、1年生のときに池田潔氏の「自由と規律」という本を読まされました。イギリスのパブリックスクールの精神を書いた教育の本です。内容は全然覚えていませんが、私の中に「自由と規律」という言葉が刻み込まれました。

私が理解した「自由と規律」は、まゆみさんが言っている、
>自由とは好き勝手なことをすることではありません。
とつながっているのだと感じました。

自らを律することができる人が、真に自由な人なのでしょう。。。

>人は変わると思うからです。
私もそう思います。だから、まゆみさんが今までコメント欄を解放してきたことを素晴らしいから続けて欲しいと思いました。
変なコメントを書く人達が、ブログ全体の雰囲気を壊していたこと、多数の読者に不快な思いを撒き散らしたことを自ら感じ、反省し、書くことを止めてくれればいいなぁと願っていました。。。

| hiromi | 2010/01/28 19:00 | URL | ≫ EDIT

お久しぶりです。
コメントは残しませんでしたがずっとみていました。
コメントするということでなんだかこの騒ぎを大きくしそうだし、なにより何を残したらいいのか、よくわからなくて。
何に怒っているのか、本当のところはよくわからなくて当惑していました。
本当に怒っているのはまゆみさんの言動ではなくて、それによって呼び起こされた自分の中の癒されない怒りなんじゃないかなあ、なんて。
なんだか場が荒れるたびに悲しくなっていました。
こんな自分の現実から遠くの場所までこないと出せない怒りってなんだろう、とか。
こんなに大事にしても、まだ自分と向き合えないって辛いなあ、とか。
自戒をこめて、みていました。

騒ぎが収まって本当に良かったなあ、と思います。
とりあえず、おつかれさまです。

| けいこ | 2010/01/28 22:54 | URL | ≫ EDIT

自由とは好き勝手にすることでなく自分の頭で考え、自分の足で立ち、歩き、真の自由とは他者から開放されることではなく、自ら拘束している自分自身を解放してくれる

まったくおっしゃる通りだと思います。
私も含めてなにかを求めてこの場へさまよいくる方たちも多いのではないかと思います。

イラストの絵がかわいいですね。

| ぽぷら | 2010/01/29 10:23 | URL | ≫ EDIT

しんのじゆうとは、

壁をとっぱらう(取っ払う)事だと思う。


ピンク フロイドの
『THE WALL』
壁をブチ壊せ
子供をまもるために
子供を解放(カベからの)するために

子供をかいほうスルとは、
人間をかいほうスル事。 就中(ナカンズク)、オトナを解放開放懐抱かいほう…スル事。

コノ世には
大人がイナイにも関わらず

大人の素振りが

マカリ通ってイル

| あかとんぼ | 2010/01/29 20:56 | URL | ≫ EDIT

オトナは
この世にはいないのか知れませんが、

オヤ(親)は、歴然と
オワセます。

| あかとんぼ | 2010/01/30 01:40 | URL | ≫ EDIT

まゆみさんっ、こんばんわ。色々と悩んでいらっしゃるようですが・・・
あたしがこのプログ読み始めたきっかけは地震が心配だっ!!という
ところから始まり、HAARPとかを知って他の色々なプログ経由でココ
に辿りついたのです。けど、今はそれだけじゃなくてまゆみさんの楽し
いイラスト見れるからうれしいですよ♪♪
ただ・・最近思うのは政治関連の話題が多くなったのでわないかと・・・
この辺りの話題は微妙です。。あたしがよく見るプログも最近政治関連
の話題が多いです・・・もうやめましょうよお。。
ぶっちゃけたところ、あたしは政権交代してからはなんか微妙ですね・・・
正直、ダラダラと先延ばしして結局悪いほうに流されている感じ。。
ということで、政治関連の話題はやめましょうよ。。。。
ただですね・・このプログはまゆみさんのものですからまゆみさんの思う
ようにしてもいいんじゃないかと思います。
閲覧する方々の意見をお聞きしたいのなら今のままでもいいのでわないかとも思いますよ。。長々とスイマセン。また・・・

| ロブロフスキー | 2010/01/30 19:46 | URL | ≫ EDIT

自称、大人というひとたちは、
みずからの成長にStopをかけてシマッタ人達だと思う。

わたしは偉大な子供になりたい。

成長続ける人間でアリタイ

| あかとんぼ | 2010/01/31 09:33 | URL | ≫ EDIT

しかし、
子供の成長のサキにあるもの

それが、おや だ。

わたしは、今現在親じゃない。今回はアキラメテ来世にモチコシだ。

だから、親の事はわからない。子供から見た親は分かる。

だけど、おやそのものはわからない。

| あかとんぼ | 2010/01/31 11:39 | URL | ≫ EDIT















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